計画的に告ぐ!

 

計画的に告ぐ!

 



 





彼等を後ろから眺めていると、色々な事に気付く。
 あ、今ちょっと嬉しく思っているな。とか。
 今のは、きっと照れ隠し。とか。
 些細な事。けれども、彼等からすれば大きな事。
 私は男の子じゃないから、彼等の輪の中に入る事は出来ないけれど、外から見ているからこそ理解出来るものがあるのだと思う。
 だからこそ、こんなにも歯痒いのだ。
 私の幼馴染みである青峰大輝も、学校一人気のある黄瀬涼太もお互いがお互いに恋をしているというのに共にその気持ちには気付かずに片想いだと思い込んでいる。
 それも普通の相手ではないだけに言出しにくいのか、前に進もうとすらしない。
 性別は違えど、意中の相手は私にもいる。だからこそその気持ちはわからなくもない。
 けれど、だからこそ。  
 二人の気持ちに気付いてしまった私としては、本当に歯痒いことこの上ないのだ。

「じれったい……」
 誰もいない屋上で一人、持参した弁当を広げながら溜息を吐く。あと数分もすればここには青峰と黄瀬が売店での戦利品を抱えてここへ来るだろう。
 青峰と黄瀬の気持ちに気付いてから早一ヶ月。なんで今まで気付かなかったんだろうってくらいに互いを盗み見る視線は熱が籠っていた。あんなの、見ているこっちが恥ずかしくなるってくらいなのにどうして二人は気付かないんだろう。否、きっと気付いてる。けど、何が怖いのか前に進もうとしない。

 男同士だから? チームメイトだから? "友達"だから?

 大きな溜息を吐きながら、ブレザーのポケットを広げる。中にはここへ来る前、鞄からそっとポケットへと移した二枚の封筒があった。一つはキャラクターものの封筒。もう一つは小花がたくさん描かれた封筒。どちらも女の子らしい手紙だと思う。封筒の宛名は黄瀬宛と、珍しい事に青峰宛だ。
 余計なお節介かもしれない。けれど、私にとって二人は大切な存在なのだ。昔っから横暴だし、自分勝手だけど本当は優しい幼馴染みと、その幼馴染みに憧れバスケを始めて、毎日を楽しそうに送る、今では私の恋の相談相手でもある友人。大ちゃんも、きーちゃんも私にそんな話はしてくれた事がないけれど、誰にでも簡単に話せる内容でない事はわかっているだけに、気付いてからも特に口出しはしてこなかった。

「桃っちお待たせー!」
 屋上の扉が開くと同時に黄瀬の陽気な声が響く。片手に菓子パンや飲み物を抱える黄瀬に対し、青峰は両手に総菜パンやおにぎりを抱えていた。
「あ、テメさつき何先に食ってやがんだよ」
「だって二人とも遅いんだもん」
「いやぁ、青峰っちの買い物が多いから時間かかって」
「うるせー」
 輪になるように座り、買ってきたものを広げる二人は、たったそれだけの事なのにやっぱり楽しそうに見える。静かだった屋上が一気に三人の声で賑やかになった。

「――あ、そういえば私預かりものしてるんだよ」
 食事を終え、屋上から降りる階段で思い出したように呟く。
 ポケットから封筒を二枚取り出し、宛名を確認した上ではい、と二人に手渡す。またか、という風に受け取る黄瀬に、まさか自分に渡されると思っていなかったのか驚く青峰だったがそれは黄瀬も同じで。自分の手紙よりも気になるのか身を乗り出し封筒を覗いていた。
「え、青峰っちにも?」
「うん。珍しいよねー大ちゃんにラブレターとか」
 ちゃんと読んで、どうなったか報告してね! 渡してないとか思われたら私が怒られるし。二人とも頑張って! そう二人に告げるのと同時に昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
 三人とも別々のクラスで良かったと思いながら別れを告げ、今日の部活はどうなるだろうと桃井の頭の中はそれだけだった。

 

 教室に戻り、教科書とノートで隠しながらこっそり、先程桃井から手渡された手紙を広げる。自分の職業や、顔立ち、身体能力からして好意を寄せる女の子が多いと自覚のある黄瀬にとって、その手紙もその一枚に過ぎない。いつもなら手紙を開けはするも呼び出しには応じる事もないし、返事を求めるような内容だったとしても返事などした事もなかった。初めのうちは律儀に返していたものの、正直な話途中から面倒になってしまったのだ。
 案の定、この手紙にも呼び出す内容のものが如何にも女の子らしい、丸い文字で綴られていた。同じ学年ではあるみたいだが『A.Dより』とイニシャルで書かれている所為で誰だかわからない。
 今回だって読みはするも特に何か動くのは面倒だと思っていた。けれども、桃井に言われた通りなのだ。呼び出された場所に行かなければ確かに桃井が本当に渡したかどうかなんてわからない。女の子の事情が複雑なのは黄瀬も何となく理解しているだけに、桃井は唯一普通の友人として、しかも自分を信頼してくれているのか相談までしてくれる友人なのだ。そんな友人に何かあるのは勘弁だと思う。
 幸い、指定された時間は部活前だし、さっさと終らせて部活に行こうと心の中で決める。手紙を仕舞いながら、何故皆、こんな勇気ある事が出来るのだろうと少しだけ羨ましく思う。
 言われる事には慣れているが、言う事には殆どと言っていい程黄瀬も初心者なのだ。今まで付き合ってきた子も何人かいたが、全て相手からの告白がきっかけだった。
 確かに、自分が今恋をしている相手は普通ではないけれど。
 何となく、脈はあるんじゃないかと思いながらも今一歩進む事が出来ない。
 だからこそ、こうして手紙でもなんでも行動できる勇気がある子に対し、少しだけその勇気に嫉妬した。
 もう少し、自分に勇気があれば。

 HRが終わってすぐ、手紙だけを持ち教室を出た。指定された場所は理科準備室という何とも言えない場所なのだが、確かに邪魔は入らないだろう。にしても、そんな場所本当に入れるんだろうかと疑問に思いつつ少し離れた理科室を目指した。
 何て断ろうかと少し悩みながら、準備室のドアを開ける。開かないだろうと思っていただけに、すんなりと開いたドアに驚きつつも、人が来ないうちにと急いで中へ入った。
 狭い中に所狭しと並ぶ実験器具や教材は机や棚の所為で人一人通るのがやっとの状態だ。人の気配がない事から自分の方が先に来てしまったのかと時間を持て余していると、上履きで歩く、あの独特の足音が聞こえてくる。
 放課後だというのに、昇降口と正反対に位置する理科室周辺は驚く程に静かなのだ。
 授業中必死に顔を思い出そうとするも、出て来ず、最終的にはイニシャルは逆だし、こんな文字書く訳がないのに青峰なんじゃないかと都合よく考えてしまう始末だった。
 ドアが開いた瞬間に目が合うのも微妙だろうと咄嗟に後ろを向き、手元にあった星座の本を眺めるフリをする。
 ドアノブを回す音が聞こえ、せめてドアが閉まってから振り向こうとそのままフリを続けようとすると
「え、は? 黄瀬……?」
 聞き覚えのあるその声に、まさかと慌てて振り向く。
「青峰っち……!? なんでここいるんスか」
「呼び出されたんだよ。つか、お前こそなんでこんなトコにいんだ」
「なんでってそりゃ俺も呼び出されて……」
言いながら、もしかして、と考える。青峰は本当に驚いているのか、手に持った封筒をじっと眺めていた。
 そんなに嬉しかったのかな。
 自分がされるのは微塵も感じないのに、好きな相手がされていると思うと少しだけ痛む心を隠し、一歩青峰に近付く。
「……ちなみにそれ相手誰なんスか? 知ってる子?」
「え、や……知らねーっつうか、『R.K』って書いてあるだけで誰だかわかんねえ。そういうイニシャルけっこーいるだろうし」
「アール、ケー……」
繰り返すように呟く。呟いて、気付いて、笑いが出そうになるのを堪え、頭の片隅に俺のは苗字かたなんだ。とツッコミを入れた。そりゃあ、そうか。『D.A』なんて名前の女の子はいないだろう。ここまでしてもらったのだ。これで行動しないというのはあまりに情けなさ過ぎる。
「あのね、それ、青峰っちが期待してるような女の子は来ないと思うよ」
「……なんで」
「なんとなくっス」
「はぁ?」
意味がわからない。とでも言うかのように顔を崩す青峰に思い切ってもう一歩近付く。狭い準備室は数歩歩くだけで入り口近くにいる青峰の元へと近付く事が出来た。
 体がどんどん熱くなるのがわかる。普段は気付かないのに、心臓の音がはっきりとわかるくらいにバクバクと音を立て、急に喉が乾き出す。大して変わらない身長の所為で、自然と視界に映る青峰の顔を意識して見ると、さすがに何か黄瀬がしようとしているのをわかったのだろう。いつの間にか真面目な顔をして黄瀬を見つめていた。顔を逸らせたくなるのを必死に我慢し、落ち着こうとそっと息を吐く。
「っ……俺、青峰っちがすき……」
言いながら、顔を見ているのがどんどん辛くなって言い切る頃には下を向いてしまっていた。もっとかっこよく、さらっと言ってしまうつもりだったのに。女の子が好きそうな甘く媚びるような顔を作って、もっと余裕のある自分でいたかった。自分の情けなさに驚いてしまう。
 今まで、自分に告白してきた子たちは皆こんな思いをしていたのだろうか。だとしたら申し訳ない事をしたと少しだけ後悔した。たとえ、明日にはこの考えを忘れいつも通りぞんざいに扱うのだとしても。
 時間にすればたった数秒間の沈黙だったかもしれない。けれど、それは今までで初めて感じるような長さだった。
脈はある、そうは思っていてもやはり青峰の反応を待つこの時間はどうしようもない後悔に襲われた。もしもそれが勘違いで、今までみたいな関係でなくなってしまったら? 気持ち悪い、と軽蔑され、バスケさえしてもらえなくなったら――考え始めると止まらず、嫌な想像ばかりが頭を埋め尽くす。我慢が出来なくなり、考えを振り切るように顔を上げる。視界に映ったのは口元を抑え、気まずそうに視線を逸らす青峰だった。けれど、そこに嫌な空気は存在しない。黄瀬の発言に恥ずかしがっているような、そういったくすぐったいような空気間が二人の間に流れていた。
「青峰っち?」
「お、俺も……」
お前がすき。聞き間違いかと思う程の小さな声で呟かれたその言葉に一気に胸が熱くなった。恥ずかしさを紛らわす為に口を覆っている青峰の手をどかし、自分の唇を充てがう。触れ合うだけの、青峰との初めてのキスは女の子とするリップグロスの感触でも、柔らかな感触でもなく、少しかさついた感触だった。
「部活、行こっか。あんまり遅くなると赤司っちに怒られるし」
「……ん。けどこの手紙のやつ結局来なかったじゃねえか。しかも黄瀬にコクられるし」
何か期待していたのだろうか、少しだけ不貞腐れる青峰に思わず笑ってしまう。嫌だったんスか? と問うと青峰は恥ずかしそうに首を振った。
「まさかお前から言われると思わなかったんだよ……。なんかお前そういうの絶対人から言わせるような奴だと思ってたし」
意外と自分の事を見ていてくれたのだと青峰の言葉に驚く。けれど、ラブレターの件についてはやはりわかっていないようで、自分だけわかっていても桃っちが可哀想だとネタばらしをする事にした。
「あのラブレター、『R.K』ってイニシャルだったんスよね?」
確認するように青峰の顔を見ると、そうだと頷かれた。ポケットに入れていた黄瀬宛のラブレターを取り出し、青峰に見せる。
「俺宛にきたラブレター『A.D』だったんスよ」
「そんな名前の奴いたっけ?」
「『R.K』のイニシャルと『A.D』のイニシャルっスよ? そんで桃っちがわざわざ二人に同じ場所で渡してくれた」
これで青峰っちもわかるでしょ? とでも言うように話すと、やっと伝わったのかあのお節介め、と参ったように髪を掻いた。

 

 ――「二人とも、上手くいった?」
 ニヤニヤしてしまいそうな口元をどうにか隠し、水分補給をしようと体育館の隅に座っていた青峰と黄瀬に声をかけた。
 体育館に少し遅れて顔を出した二人はどこか吹っ切れたような空気だったからだ。自分がしたお節介が大分役に立ったのかもしれないと二人に話しかけるタイミングを伺っていた。
「桃っちにはやられたっスよー」
「手の込んだ事しやがって」
「その感じだと上手くいったみたいだし、頑張ってあの手紙作った甲斐があって良かった」
私の言葉にバツが悪くなった大ちゃんが「ほら、戻るぞ」と一言呟きリングへと戻って行ってしまった。慌てて戻る準備をする黄瀬におめでとう、と言うと
「桃っちありがとう」
と今まで見てきた中でも一番ってくらいにかっこいい笑顔が一緒に返ってきた。期待通りの答えに満足しながら、次はどんな惚気話を二人の口から言わせようかと頭の片隅で考える。これならば、男の子じゃない私でも彼等の輪に入る事は出来るだろう。これから起こるであろう二人の姿に口元を緩ませながらも、自分の恋も成就出来たら、と彼等と一緒にプレーしている一人をそっと眺めた。

 

fin.