猫みたいな君と犬みたいな君

 

猫みたいな君と犬みたいな君

 



 





『十六歳、黄瀬涼太の素顔ここに――!』
 女性向け週刊誌の見出しの一部に小さく書かれたそれに対し、他の見出しや雑誌タイトルを目立たなくさせる程に大きく映る黄瀬涼太の写真が表紙を飾っていた。ワイシャツ姿の黄瀬が、ネクタイを解こうと手にかけている状態の写真だった。
 ページを捲るとブランドの広告が数ページ、目次が並び、そしてそのすぐ次には堂々と見開きにカラーで映る黄瀬涼太の姿がそこにあった。
 縦で見せるようにつくられているのか、そこには引き締まった筋肉を見せつけるかのように上半身裸でバスケットボールを左に抱え、真剣な表情をカメラに向けている。黄瀬の姿を遮らないようにしつつもでかでかと載る『バスケ少年黄瀬涼太のスベテ』という見出しの通り、次のページにはカジュアルな服を着た黄瀬がカメラに向かい笑っている写真や、風呂場なのか全身が濡れ、髪をかき上げている写真、ベッドに入り微笑みかけている写真など、数ページに及ぶグラビア写真が載っていた。
 黄瀬のページが終るとオトコとオンナについての〜といった特集ページが組まれていたが読む気も失せ、放り投げるようにして雑誌を置いた。
 あそこに写っている黄瀬涼太は全て、モデルとしての黄瀬涼太であり、自分の知る黄瀬涼太ではない。本物の黄瀬はあんな風に笑わないし、真剣な表情にしたってバスケをしている時はもっと射抜くような視線で見ているし、セックスをしている時の表情なんてきっと、たぶん自分しか知らない。
 わかってはいる。あそこに写る黄瀬涼太は全てツクリモノなのだ。自分ではない、誰が見てるかもわからないような、大衆に向けたツクリモノ。こんなにも黄瀬の表情を知っていなければ男の俺でさえ、素直にカッコイイとこの雑誌に写る黄瀬を見ただろう。イケメンなのはモデルであろうとなかろうと認めるが。
 問題なのは、自分が黄瀬の色々な姿を知っていることだった。表情だけでない。黄瀬の性格、バスケ、仕草。だからこそ、あの雑誌に写る黄瀬が歪んで見えた。全て知った気でいる訳ではないが、あまりの違いに違和感の方が大きいのだ。
 普段ならばまずマイちゃん以外の本に興味を持つこともないし、黄瀬がどんな仕事をしているのかすら興味がなかった。黄瀬も黄瀬でそういったことを逐一話すような人間でもないので話題にすらならない。自分達の間においては、『ツクリモノの黄瀬涼太』はそういう扱いなのだ。

 ――では何故、今そのツクリモノである黄瀬が写る雑誌が自分の部屋にあるのか。
 原因はさつきだ。
「さっきコンビニ行ったら偶然見つけちゃって、きーちゃんすっごいかっこよかったから買ってきちゃった!」
 人が気持ちよく昼寝していたというのに勝手に入ってきては叩き起こし、一人でぺちゃくちゃ喋ってるかと思えば
「あ、これからやよいちゃん家に来るんだった!」
 と慌てて出て行ったのだ。――黄瀬の写る、この雑誌を忘れて。
 もう一度寝ようにも中々寝付けず、特にすることもなかったので何の気なしに開いたのが間違いだった。
 側に置いておいた携帯をとり、着信履歴を辿り発信ボタンを押す。限られた相手としか連絡を取らない青峰の履歴はすぐにかけたい相手を表示していた。
 コール音が耳に響く。3回程繰り替えしたところでその音は止み、代わりに聞き慣れた相手の声が青峰の鼓膜を震わせた。
『もしもし?』
「俺」
『や、そりゃ登録してるからわかるっスけど――え、あ、はい。ちょっと……』
 外で誰かと会っているのか、受話器からはざわついた音や音楽、そして誰かに呼ばれたのか電話の途中で別の者と話す黄瀬の声が聞こえた。
「何してんの」
『今、今度ある撮影の打ち合わせ中なんスわ。青峰っちこそどうしたんスか?』
「別に……」
 ――あぁ。これも違うのか。
 自然と違和感を埋める為に黄瀬を求め、電話をかけたというのに。彼は今、タイミングが悪いことに仕事中らしい。
『青峰っち?』
 珍しく黙る青峰を不思議に思ったのか、心配そうに名前を呼ぶ黄瀬にはっとする。
「ん? 何でもねぇよ。つーかお前電話してていいの? 仕事中なんだろ」
『あ、そうなんスよね。もうすぐ終るとは思うけど……』
「まあいいや。じゃあな」
『え、ちょっ――』
 黄瀬の返事を待たずに通話終了のボタンを押す。後で何か言われそうだが今は話していたい気分でもなかった。勝手にかけて勝手に切るとは我ながらさすがに勝手過ぎたとほんの気持ち反省する。
 これでまたやることが何もなくなった。家から出るのも面倒だし、なんかだるいし。
 ベッドに寝転がり、再び目を瞑る。
 こういう時は眠れるなら寝た方が良いのだ。ベッドに置きっぱなしにしてあるマイちゃんの写真集を開き、顔の上に乗っける。こうしてマイちゃんのことを考えながら眠りついて、起きた時にはきっとさっきのことなど忘れているだろう。
 いつもそうして適当に過ごしているのだ。今日も今日とて変わらないだろう。
 そう思ってた。けれど、マイちゃんの姿を思い浮かべようとするとどーにも、黄瀬のあのグラビア写真が過り邪魔をする。中学の時は学校も部活も同じだっただけに毎日のように顔を合わせていたのだが、別々の高校へと進学してからは会う機会も月に数回と減っていっていた。黄瀬は相変わらず熱心に練習をしているようだし、それに加えモデルの仕事もこなしているのだ。青峰との時間が減っていくのは仕方がないことだった。
 会えない時間が増える分、会う度に黄瀬が変わっていくのがわかる。
 口には出さないし、そんな素振りを出す気もないので何も言わないが、心の中ではきちんとわかっていた。
(めんどくせぇ……)
 自分がそう考えることすら嫌になり、考えることをやめる。元々そんな深く考えて行動する人間ではないのだ。考えるのをやめた途端、すっと入ってくる眠気に抗うことなく迎えいれた。

 * * *

「――っち、青峰っち」
 身体を揺すぶられ、重い瞼を上げると金髪の髪の色が視界に映った。満足に機能しない脳はすぐ側にあった相手の腕を掴み、引き寄せる。瞼をまた閉じ、嗅ぎ慣れた香りに安心して抱きしめると頭を撫でられた気がした。
「なんでここにいんのお前」
「ピンポンしたら青峰っちママが出て、中入れてくれたっス」
「仕事じゃなかったっけ」
「青峰っちがなんかおかしかったから早々に切り上げてきたんスよ」
「あー……」
 黄瀬に言われ、そう言えばそんな態度をとってしまったと思い出す。
「何かと思って来れば、あのほっぽり投げられてる雑誌が原因?」
 黙って、頷く。態とらしい溜息が聞こえ、だから言わなかったのに。と少し困ったような声で黄瀬は言った。
「アンタいっつも俺が出てる雑誌読むとそーなるのになんで読んじゃったんスか」
「……さつきが忘れてった」
「桃っち……んで、暇だったから読んじゃった訳っスね?」
 黄瀬の問いに頷く。
「お前やっぱモデルやってる時だと全然違うのな」
「仕事っスからね。つってもあの特集は特にツクリモノな感じスけど」
周りのスタッフ皆女性だったんスけど目の色違って凄かったっスもん。そう零され、さつきの浮かれ様を思い出す。あんなのやそれ以上のが周りで指示してたのかと思うとさすがに少し同情する。
「青峰っちは目の前にいる俺だけみててよ」
 ね? 瞼を開くと笑顔で青峰を見る黄瀬がいた。中学時代から変わらない、あどけなさを残した笑顔。「おはよっス」と言われ、返そうとすると唇に軽くキスをされた。ああ、やっぱり今目の前にいる黄瀬が黄瀬涼太なのだと思う。
「眠い」
「えー俺せっかく来たっていうのに寝ちゃうんスか!? てゆうか寝るなら寝るでもっと詰めて。俺入んない」
「お前がデカいから狭いんだけど」
「それ俺だけじゃなくて青峰っちもだから!」
 仕方なく端にずれ、黄瀬が隣に入るようスペースを作る。狭いベッドは自分一人でも狭いくらいなのに黄瀬と並ぶと身動きがとれない程に狭くなる。
「今日朝早かったから丁度よかっひゃ、あほみねっひひたいっふ」
「何言ってんだかわかんねーよ」
 目の前にある黄瀬の頬を軽くつねると、痛いと眉を寄せた。
「うん、やっぱお前のアホ面みると黄瀬なんだなってわかるわ」
「なんスかそれ」
 黄瀬の瞼が閉じていく。カメラの前では絶対に出さないようなその表情に、酷く安心している自分に気が付いた。
「青峰っち」
「ん?」
「起きたら構ってね」
「たっぷり構ってやるよ」
 青峰の言葉に笑って頷く黄瀬を見て先程の一言を思い出す。――青峰っちは目の前にいる俺だけみててよ――直球で求められる嬉しさに、起きたら何をしてやろうかと考え、浮かんでくる黄瀬の姿に満足する。
 ――望み通り、目の前の黄瀬涼太だけをみてやろうじゃないか。
 本当に朝が早かったのだろう。あっという間に眠りついた黄瀬を抱き寄せ、青峰も瞼を閉じた。

 

 

fin.