溺れるイマジン

 

溺れるイマジン

 



 



 新一年生が入学して数ヶ月。帝国サッカー部の練習にも慣れ、腕のある者はファーストチームやセカンドチームへと昇進し出していた。
 龍崎が所属するファーストチームにも、今年も数人一年生が加わり活動している。その中でも群を抜いて目立つのがGKの雅野麗一である。年上である龍崎やキャプテンの御門に対しても敬語を使わず、生意気な態度をとる彼は龍崎以外の誰からでも目立って見えただろう。しかし、腕は確かなもので帝国学園の正ゴールキーパーとしては申し分ない力を持っていた。そんな雅野を龍崎は気に入り、チームメイトの中でも一番と言って良い程に共にする時間が多くなっている今日この頃。

「雅野ー、今日部活終わった後皆で飯食いにいくけどお前も行く?」
「んー、龍崎行くなら行こうかな」

 雅野の言葉に思わず手が止まってしまう。
 練習前のウォーミングアップ中、龍崎と雅野でペアを組み体を解している最中にふと出した話題だった。なんの意図もない、ただの誘い。雅野が龍崎に対し懐いていることは龍崎自身感じていたし、それを嬉しいとすら思っていた。
 生意気だけど、憎めない仲の良い後輩。
 けれど今、ただ雅野の返事に対し承知するだけではなく、友達に対してではない、何か別の感情が龍崎の中に生まれていた。

『――龍崎が行くなら、』

 確かに今、自分は雅野の言葉に対してドキッとしたのだ。

「龍崎? どうした?」
「っ……なんでもない、次なんだっけ?」
「次は腹筋。50回×4セット」

 急いで適当に取り繕い、その場を凌ぐ。きっと気のせいだと自身に言い聞かせ、練習に集中した。

  * * *

 あれから数週間。龍崎の生活はガラッと180度回転してしまっていた。雅野を見る度、話す度に心臓がうるさく鳴り出し、龍崎のペースを乱すのだ。部活中は大会が近付いている事もあり集中出来るのだが、それ以外は見事に酷いものだった。気付くと視線は雅野を探し、授業中は上の空。食事は上手く喉を通らないし、雅野のことを考えるだけで胸が締め付けられるような気持ちになった。雅野と一緒にいる時間は嬉しくも胸はうるさい程に高鳴り、目をみて話すことが出来なくなり、首元を見ることで誤摩化す。いつもの自分を振る舞う事で龍崎は精一杯だった。
 雅野を見る度に「可愛い」と思う反面、「雅野は男」と自身に言い聞かせる毎日は酷く龍崎の気力を消耗させていた。
 龍崎のそれは完全に恋煩いである。龍崎自身、自覚はあった。その状態になっている事に気付いた時、どうしようもなく複雑な気持ちになったのを龍崎は覚えていた。少なくとも月に数回、龍崎は女子から告白されている。けれども好きでもない相手と付き合うことを良しとしない龍崎にとって、告白されるという行為は迷惑の他ないもので。勿論、龍崎自身恋愛に興味がない訳ではなかった。ただ純粋に好きな相手が見つかればきっと自分はサッカー以外にも力を注ぐのだろうと考えていた。けれど、まさか自分が同性である男に恋をするとはこれっぽっちも考えていなかったことで。しかも相手は自分を慕ってくれる可愛い後輩なのだ。何かの間違いだと自身に思い込ませるのに比例して龍崎の心は雅野を追ってしまう。
 そんな毎日を送って早数週間。相変わらず雅野は龍崎に懐き行動を共にしているし、懐き具合が以前よりも増したのか、龍崎が敏感になっているからなのか、スキンシップが増えた気がしていた。チームメイト達は「お前ら最近ほんと仲良いよな」と微笑ましく二人を眺めるだけ(少なくとも龍崎はそう感じている)で特に不審がることもないし、雅野が何か龍崎に対して思っている訳でもない。雅野の言動に一喜一憂しているのは自分だけだということにやり場のない思いを抱えていた。

「はぁ……」

 このままではいけない、と思うもののどう処理できる訳でもなく溜息だけが出る。最近では「相手は男だから」と自分の気持ちに否定することすら出来ず、ただただ雅野に対しての感情のやり場に悩んでいる毎日だった。

「どうしたの? なんか最近よく溜息ついてるけど」
「んー……内緒」

 龍崎の溜息を聞き、雅野が心配そうに龍崎を見た。龍崎よりも背の低い雅野が龍崎の顔を見る為に自然と上目使いになっている事に雅野は気付いているのだろうか。また溜息を吐きそうになるのを喉で必死にこらえ、雅野を見る。

(……やっぱり、可愛い)

 龍崎の返事になんで? と首を傾げる雅野を見て我慢したはずの溜息がいつの間にか龍崎から漏れていた。思わずその場にしゃがみ込んでしまう龍崎に何か悩んでいるのだろうと勘違いした雅野がそっと龍崎の頭を撫でる。瞬間、自身の体が酷く熱くなるのがわかった。とてもじゃないが顔をあげられそうにない。

「…………雅野のばか……」
「なんでだよ」
「……なんでもだよ」

 どうしようもなく、雅野が好きなのだと自覚した瞬間余計に熱くなるのがわかった。思わず雅野に悪態ついてしまうのだが、彼はつっこみながらもその場を離れようとはせずにただただ、龍崎の髪を撫でていた。この雅野の行為は何か意図があるんじゃないかと都合の良い解釈をしようとしてしまう自分は末期なのだろうか。ああ、もう、

 

 

fin.