蒼から紅へと変わる瞬間

 

蒼から紅へと変わる瞬間

 


蒼い、透き通った髪が視界に映る。

あおく、あおく。
それを見ると、不思議と安心する自分がいる。
それはサッカーをしている試合中も、練習している時でも、何時でもだ。
集中していても、自然と映るそれに何時でも勇気をもらえる。

安心しているその気持ちがなんなのか、円堂は知らない。
映っている事が当たり前になってきているからなのかもしれない。
映らなかった時間は彼にとって、彼の一番大切なものを放棄してしまうくらいに辛いものだったから。
再び映るようになった蒼に、彼はひどく安心したし、同時にもう二度と失わないと自身に誓った。
けれども、思春期を迎えている男児が"安心"という言葉と共に抱いている気持ちに違和感を持ち始めるのは当たり前の事で。違和感だと、認識し始めてからというものその"安心"はすぐに胸が苦しく、締め付けられるような"焦がれ"へと変わっていった。練習や試合の時は"安心"しているのに、それ以外になると途端に苦しくなる。自分は一体、何に焦がれているのだと言うのだろうか。己で理解しきれない感情を溜め込む等と言う事は円堂には出来ず、蒼い髪の本人には流石に聞けずとも合宿中の今、何でも話せる仲間に相談しようと円堂は鬼道の部屋へと向かった。

「…つまり、風丸を見ると今まで安心していたのが急に焦がれる様な気持ちにかられると?」
「うん」
「例えば、だが、風丸が他の誰か――そうだな、女子と2人で楽しそうに会話している姿が円堂の視界に入ったら円堂はどんな気持ちになる?」
「んー、なんか嫌だ」
「………そうか」

考え込む仕草を見せる鬼道に円堂は首をかしげた。聞かれた事を思った通りに答えたがこれが一体何になるのだろうか。鬼道が話すのをじっと待っていると、彼は何かの覚悟を決めた様に深く頷き円堂を真っ直ぐ見つめ直した。

「それはきっと、恋だ」
「こい?」

言われた言葉が理解出来ず、聞き返してしまう。こい、とは魚の鯉ではなく恋愛の恋なのだろう。それくらいは円堂にもわかった。サッカーしか見てこなかった円堂にとって恋なんてものは勿論した事がなく、言われる今の今まで知らなかったのだ。恋をしている、という事を。だが鬼道の結論を聞いてふと、疑問が沸き上った。

「恋って普通女にするもんじゃないのか?」

相手は、女顔と言われていてもれっきとした男の風丸一朗太だ。風丸とは小さい頃からの付き合いだが、彼を女として見た事なんて一度もないし、これからだってそんな事はない筈だ。なのに、何故、鬼道はそんな事を言い出したのだろうか

「恋愛に性別は関係ない。異性を好きになる事が一般的ではあるが、同性を好きになる事だって十分有り得るさ」

「まあ、世間が同性愛に対してあまり祝福してくれるような国ではないがな」と、眉を下げ困ったように笑う鬼道に円堂はどう答えていいのかわからず、思わず俯いてしまった。自分が、風丸に恋をしている。その事実は円堂にとってあまりに大きく、衝撃的なものだった。けれども同時にやっと理解出来たのだという安堵と喜びも沸き上った。またひとつ、自分は成長したのだ。それだけで今は十分だった。

「ありがとう、鬼道」
「ああ。…風丸には気持ちを伝えるのか?」

心配そうに見つめる仲間に、円堂は笑って「今はわかっただけで十分だ」と答え部屋を後にした。

「あ、円堂」

自室への帰り道、風丸とすれ違った。風呂から帰ってきたのか何時も高く結ばれている髪は下ろされていて、乾かしきれていないのか蒼い色は少し暗くなっていた。思わずその髪に手を伸ばしてしまう。

「?どうした?」
「いや、珍しく髪下ろしてるなと思って」
「ああ、部屋でゆっくり乾かそうと思ってさ。俺だけ洗面独占してんのもこんだけ人数いると申し訳なくて」
「そっか」

視界に入る風丸と蒼、そしてふわっと香るシャンプーの匂いが心地良く、ついつい離したくなくなるような衝動にかられる。理解した途端、円堂の頭は自身の予想以上に冷静でこれが独占欲なのだろうかと一人納得していた。「円堂?」と不思議そうに名前を呼ばれ名残惜しいがそっと触れていた髪を離した。今は、まだ。だけどいつか伝えようと心に決めて。

 

 

 

end.